大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(オ)1089号 判決

上告人

神村正臣

上告人

神村ミツノ

右両名訴訟代理人

坂元洋太郎

右訴訟復代理人

中西克夫

被上告人

鹿島建設株式会社

右代表者

石川六郎

右訴訟代理人

牧野賢弥

被上告人

大石塗装株式会社

右代表者

大石三一三

被上告人両名訴訟代理人

榎本勲

主文

原判決主文第三項中、上告人らからそれぞれ被告人らに対し昭和四八年一一月二七日以降同五一年一月二〇日までの遅延損害金二万二七六七円の支払を求める請求を棄却した部分を破棄する。

被上告人らは、各自上告人らに対し、各二万二七六七円を支払え。

前項の部分に関する上告費用は上告人らの負担とし、その余の訴訟の総費用はこれを三分し、その一を上告人らの、その余を被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人坂元洋太郎の上告理由第一について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、亡神村平生には本件損害の発生につき少なくとも五割の割合をもつて過失があると認められる旨の原審の判断は、正当として是認することができないものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の裁量に属する過失相殺の割合についての判断を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二について

原審が認容した請求は不法行為に基づく損害賠償請求ではなくこれと択一的に提起された被上告人らが亡神村に対して負担すべき同人と被上告人大石塗装株式会社との間の雇傭契約上の安全保証義務違背を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求であることが原判決の判文に照らして明らかであるから、所論中前者の請求であることを前提として原判決の判断を非難する部分は理由がない。ところで、債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、民法四一二条三項によりその債務者は債権者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものというべきであるから、債務不履行に基づく損害賠償請求についても本件事故発生の翌日である昭和四三年一月二三日以降の遅延損害金の支払を求めている上告人らの請求中右遅滞の生じた日以前の分については理由がないというほかはないが、その後の分については、損害賠償請求の一部を認容する以上、その認容の限度で遅延損害金請求をも認容すべきは当然である。しかるところ、記録に徴すれば、原判決の認容した債務不履行に基づく損害賠償請求は、上告人ら代理人の提出の昭和四八年一一月二六日付準備書面に基づいて始めて主張されたものであるところ、右準備書面は同日第一審裁判所に提出されるとともに法廷において被上告人ら代理人に交付されたことが明らかである。したがって、被上告人らは同日限り右損害賠償債務について遅滞に陥つたものというべきであり、上告人らは、被上告人らに対し、その翌日である昭和四八年一一月二七日以降支払ずみに至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうべきものといわなければならない。

ところで、原審の適法に確定するところによれば、亡神村は昭和一一年一〇月三〇日生れの男子で本件事故当時三一歳であり、被上告人大石塗装株式会社の塗装工として稼働し、本件事故当時一日二八〇〇円の賃金収入を得ていたが、塗装工の賃金は漸次上昇して、昭和四八年三月当時の福岡県下における塗装工の平均賃金は一日三二〇〇円となり、同五一年一月当時には一日六〇四〇円となつた、また、亡神村は、六五歳まで就労が可能であり、毎月少なくとも二五日稼働するものとして、同人の収入は、本件事故当日である同四三年一月二二日から同四八年三月二一日までは毎月七万円、同月二二日から同五一年一月二一日までは毎月八万円、同月二二日からは毎月一五万一〇〇〇円の収入を得ることができた、また、同人の生活費は右収入の五割を超えることがない、というのである。以上の事実関係のもとにおいて、亡神村の稼働可能期間中の逸失利益の死亡当時における現在価を原審の採用するホフマン複式により中間利息を控除して計算するときは、その金額は、別紙逸失利益計算表記載のとおり一四六九万五六六二円(円未満切捨。以下同じ。)となるべきものである。

そして、更に原審の確定するところによれば、亡神村には本件損害の発生につき少なくとも五割の割合による過失があるというのであり、また、上告人らは亡神村の両親であつて亡神村の取得した損害賠償債権を二分の一ずつ相続により承継したところ、その被上告人らは労働者災害補償保険法により遺族補償年金六九二万四三九一円の支給を受けたというのである。右事実関係のもとで過失相殺につき前記割合によつてこれを控除すると亡神村の逸失利益は七三四万七八三一円となるべきものであり、上告人らは亡神村からそれぞれ右金額の二分の一にあたる三六七万三九一五円の損害賠償債権を承継したことになるが、更に、前記上告人らが受けた労働者災害補償保険法による遺族補償年金六九二万四三九一円を二分したうえ、上告人らの相続した前記損害賠償債権額からそれぞれ控除するときは上告人ら各自の相続した損害賠償債権額は二一万一七二〇円となるべきものである。

したがつて、右金額に対する前記の被上告人ら各自が遅滞に陥つた日の翌日である昭和四八年一一月二七日から同五一年一月二〇日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金の額は、別紙遅延損害金計算表記載のとおり二万二七六七円となることが計数上明らかである。

してみれば、上告人らの遅延損害金請求のうち昭和五一年一月二二日以降の分のみを認容し、昭和四八年一一月二七日以降同五一年一月二〇日までの分二万二七六七円をなんらの理由を付することなく棄却した原判決は民法四一二条の解釈適用を誤り、ひいて理由不備の違法を犯したものといわなければならないから論旨はその限度において理由があり、右部分は破棄を免れない。

次に、上告人らは子である亡神村を失つたことによる精神的苦痛に対する慰藉料としてそれぞれ一二五万円の支払を求め、原審は上告人ら各自につき五〇万円の限度でこれを認容しているが、亡神村と被上告人らとの間の雇傭契約ないしこれに準ずる法律関係の当事者でない上告人らが雇傭契約ないしこれに準ずる法律関係上の債務不履行により固有の慰藉料請求権を取得するものとは解しがたいから、上告人らは慰藉料請求権を取得しなかつたものというべく、したがつて、右五〇万円について前記期間の遅延損害金請求を棄却した原判決は結局正当である。また、前記のとおり、昭和四八年一一月二六日以前についての遅延損害金請求を棄却した点においても原判決は正当であり、上告人らのその余の上告は理由がないことに帰する。

そして、以上の事実関係によれば、前記説示のとおり被上告人らは、各自上告人らに対しそれぞれ右遅延損害金二万二七六七円を更に支払う義務があり、上告人らの本件遅延損害金の請求は、右の限度においてこれを認容すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九五条、九二条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 谷口正孝)

別紙

別紙

上告代理人坂元洋太郎の上告理由

第一、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明白な法令違反がある(民事訴訟法三九四条)。

原判決が亡神村平生にその墜落について五割の過失相殺を認めたのは、以下に述べるとおり法令の違反があるというべきである。

一、民法七二二条二項の過失の有無およびその過失が事故発生についてどのように寄与しているのかどうかの問題は、法律行為の解釈と同様法律問題というべきである。

ところで、原判決は亡神村平生の過失について次のとおり判示する(判決書一三丁裏)。

「事前に養生網に開口部があつたとしても、通常の場合、高所作業に慣れている塗装工が右開口部から墜落することは一般的に予想されないことであり、右神村が通常の注意を払つている限り墜落も起り得ないところであるから、同人が右開口部から墜落したことは同人にも不注意があつたものといわざるを得ない。」

二、一方、被上告人の主張は、答弁書の「被告の主張」のとおりで、その要点は、作業のための移動につきトラスを歩行中命綱を利用していないことおよび養生網の継ぎ目の一部を開口して地上よりペンキを補充しようとしたという二点である。

しかし、被上告人の右主張事実は、原判決の認定でも明白に否定されているのであり、従つて被上告人の主張する趣旨の過失が亡神村平生にないことは確定している。

三、すると、原判決が右引用の判示部分でいう「……通常の注意」というのが具体的にいかなるものであるかを確定せず、亡神村平生に民法七二二条二項の過失があるとする判断は、右法条の解釈を誤つたものというべきである。

まして、亡神村平生に五割の過失があるなどとの判断は、著しい法令の解釈の誤りと指摘せざるをえない。

四、以上のことは、原判決の以下に引用する認定の事実からして明白というべきである。

「そこで、被控訴人らとしては、塗装工らをして命綱の慎重適切な使用を履行させ、且つ作業員らの設置の無断改変を厳重に禁止して、前記構造の養生網を設置することによつて、一応本件の如き事故の発生を予防しうるものとも考えられるが、前記のような作業前点検をするとしても、原審証人井上孝一の証言により真正に成立したと認められる乙第九号証によれば、前記範囲の養生網の結束線は無数に存在し、その存否が一見して識別しうる状況でもないことが認められるので、右結束線の欠損がある場合容易にこれを発見しうるものとも考えられない。しかも被控訴人らの現場監督者は本件事故前において、現場によつては作業員の中に、被控訴人らの前記指導教育に反し、擅に養生網を開披する者がいることを知悉し、それが危険なことは認識していたのであるから、監督者は点検を周到にし、常時にわたらなくとも監視をより強化し、緻密にこれを実施すれば、作業のかかる不心得な行為を禁止しえたし、欠損部の事前発見もなしえたと推察され、ひいては本件事故の発生も防止しえたものと解される。」(判決書一二丁裏〜一三丁裏)

そして、右引用の判示から結論されるのは、本件の地上三一米における高所作業に伴う墜落事故防止のためには、養生網の結束部分やその他に開口部がないよう、また作業者がこれを開口することのないように被上告人らにおいて厳重に点検し、監督、注意することにつきるのである。

五、すると、亡神村平生がペンキの補充か作業場所移動のために命綱をはずしてトラス上を歩くことは、作業上必然的なことであり、亡神村平生においてトラス上の歩行について特に非難されるような行状がない以上(被上告人および原判決もこの点は何一つ明らかにしていないことは前述のとおりである)、亡神村に過失があるという判断には至らないのである。

六、以上の次第で、原判決が亡神村平生に本件の発生につき五割の過失があるとしたのは、判決に影響を及ぼす法令違反があるというべきである。

第二、原判決には、「判決ニ理由ヲ付セス」の絶対的上告理由がある(民事訴訟法三九五条一項六号)。

一、原判決は、遅延損害金の起算日を昭和五一年一月二一日以降支払済までとしているが、上告人らの主張(本件事故の翌日である昭和四三年一月二三日以降支払済に至るまで)を排斥した理由を付していない。

二、原判決は、その一四丁表から裏の部分において亡神村平生の逸失利益の算定について判示しているが、何故に遅延損害金の起算日について昭和五一年一月二一日以降としたかについては理由を付せず、さらに一六丁の裏においては「……本件事故発生の日以後の日である昭和五一年一月二一日から支払ずみまで……」と判示するにとどまつている。

三、ところで、不法行為による損害賠償債務は不法行為時より遅延利息を支払うべきであるとするのは、大審院(明治四三年一〇月二〇日民一判、民録一六輯七一九頁―第一法規「基本判例民法六」六六一二頁以下参照)以降の判例でありかつ通説であつて異論のないところである(注釈民法一九巻六二頁〜六三頁参照)。

すると、上告人らは訴状において本件事故に伴う遅延損害金について事故の翌日である昭和四三年一月二三日から請求しているのであるから、原判決はこれを排斥し右判例、通説と異なる判断をとるに至つた理由を付すべきにもかかわらず、前述のとおり理由がない。

四、以上の次第で、原判決に「理由ヲ付セス」という絶対的上告理由があるというべきである。

第三、以上いずれにしても原判決は破棄されるべきである。速やかに処理されたい。

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